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秋田地方裁判所 昭和39年(ワ)78号 判決 1975年3月24日

原告 東海林清一

被告 国

訴訟代理人 叶和夫 工藤勇治 奥山倫 佐々木寛久 下幸男 ほか四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

「別紙図面表示の<省略>の各点を順次直線で結んだ範囲の土地が原告の所有であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  請求の趣旨記載の土地(以下、本件山林という。)は、もと秋田県由利郡大内村滝(旧羽後国由利郡滝村)字大栗木台三番に属し、大栗木台三番は、明治一五年頃神坂忠右工門、佐々木新助、佐々木久助及び原告の曽祖父東海林清五郎(以下、清五郎という。)の共有であつたが、清五郎は同年七月一〇日大栗木台三番から本件山林を分割のうえこれを大栗木台三番の内一として他の共有者から買受け、その地券の交付を受けていたものである。

2  清五郎は昭和四年八月一日死亡したのでその長男竹五郎が家督相続し、竹五郎は昭和九年一二月一五日死亡したので婿養子の権七が家督相続し、権七も昭和三〇年四月九日死亡したので原告がその権利義務を相続した。

3  しかるに、被告は本件山林を国有林である旨主張して本件山林が原告の所有であることを争つている。

4  よつて、原告は被告に対し、本件山林が原告の所有であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項は、清五郎が大栗木台三番の内一について地券の交付を受けたことは認め、大栗木台三番が明治一五年頃神坂忠右エ門外三名の共有であつたことは不知、その余の事実は否認する。

原告主張の大栗木台三番の内一は、大栗木台三番一と同一土地を表示したものであり、その範囲は別紙図面表示の<省略>の各点を順次直線で結んだ線の西側であつて、右大栗木台三番一の土地については原告の父権七が昭和二八年一二月一八日訴外鈴木文吉に売渡しているものである。

2  同第2、3項は認める。

三  抗弁

1  仮に本件山林が清五郎、竹五郎の所有であつたとしても、昭和八年八月二五日別紙図面表示の<省略>の各点を順次直線で結んだ線を官有地と民有地との境界とする旨の処分がなされ(その結果本件山林は官有地とされた。以下、本件境界査定処分という。)、被告は竹五郎に対し昭和九年一二月二八日到達の内容証明郵便で右処分の通知をしたが、法定の期間内に竹五郎から訴願の申立がなかつたので、右処分は昭和一〇年二月二六日確定した。

2  仮に右処分が無効であるとしても、

イ 被告は右処分が確定した日の翌日である昭和一〇年二月二七日以来、本件山林の境界に石標を建設してその範囲を明確にするとともに、本件山林を芋ノ沢国有林の一部として管理経営し、一〇年後の昭和二〇年二月二七日まで本件山林を占有して来たものであり、その占有の始め本件山林を国有林と信ずるについて過失がなかつた。

ロ 被告は右昭和一〇年二月二七日から右同様にして二〇年後の昭和三〇年二月二七日まで本件山林を占有した。

ハ 被告は本訴において右時効を援用する。

ニ なお、原告は民法の規定する時効制度は私人間にのみ適用があり国家と私人との間においては適用がない旨主張するが、右時効制度は、真実の法律関係のいかんを問わず永続する事実状態を尊重しこれを保護することによつて法律生活の安定を図ることを目的とするものであるから、取得時効の成立においても占有取得の原因のいかんを問わないものである。なるほど、公物について取得時効が認められるかということについて議論のあることは原告主張のとおりであるが、これは公物の有する公共性に鑑みこれを時効制度の趣旨に優先させるべきではないかという問題があるからである。本件においてはこのような事情は存しないから、占有取得の原因が行政処分であつたからといつて取得時効の適用を否定すべき合理的理由は存しないのである。そして、被告が時効を援用して本件山林の所有権を取得しても、一般公共のために特定少数の者に特別の犠牲を強いる関係は存在せず、憲法二九条三項の規定と取得時効制度とは根本的にその趣旨を異にするから、この場合に憲法二九条三項を類推適用して正当な補償をしなければならないということはないのである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項は認める。

2  同第2項は、イのうち被告が本件山林の占有の始め本件山林を国有地と信ずるについて過失がなかつたことは否認し、その余の事実は認める。ロは認める。ニの主張は争う。

被告の取得時効の主張は次に述べる理由で許されない。

すなわち、国有林野は旧国有財産法(大正一〇年法律第四三号)において営林財産と称され、国有財産法(昭和二三年法律第七三号)においては企業用財産に属するもので、公物であるから、原則として私法の適用が排除される。しかして、公物を設定するについては国といえどもその物の上に一定の権原を有することを要し、他人の所有する物についてはその者の同意なくしてこれを公物に編入することはできない。また、国は私権の目的としてこの財産を所有するものではなく一定の行政目的のためこれを管理使用しているものである。したがつて、民法の規定する取得時効の如きは、普通財産については適用の余地があるかも知れないが、公物たる企業用財産についてはこれを認めるべきではない。

そして、そもそも民法は市民の私権を護るためにあるものであつて、国がその権力によつて国民の権利を収奪することを正当化するのに役立つためにあるのではなく、また私人と国家との関係においては、私人相互間におけるとは異なる次元の正義が要求されなければならない。いやしくも国民の基本的人権の享有を保障し、財産権の不可侵を宣明する福祉国家においては、国が違法無効の行政処分にもとづいて公所有権を行使したとしてもそれに対し私法上の占有としての保護を与えるべきではない。公物については私法の適用が排除され、これについて私人の取得時効は認められていないのに、国の誤つた行政処分によつて公物に編入された場合に国に取得時効の成立を認める考えは、基本的人権の擁護を最高の理念とする憲法の精神と真向から背反するものである。

また、民法上の時効制度の設けられた趣旨は被告主張のとおりであるが、本件においては、被告は磯辺の故意または重大な過失にもとづいて竹五郎の所有地である本件山林を国有林に編入したものであり、これによつて国家権力による違法な社会秩序が生じたものであるから、本訴によりこれが是正されることは国に対する国民の信頼が回復することにこそなれ、けつして社会の信頼が裏切られることとはならないのである。

五  再抗弁

1  (抗弁第1項に対し)

本件境界査定処分にはその手続及び内容において重大かつ明白な瑕疵があるから当然に無効である。

イ 手続上の瑕疵

本件境界査定処分に従事した官民境界査定官磯辺忠蔵(以下、磯辺という。)は、右処分に関する現地調査の際、原告の先代竹五郎が、本件山林は清五郎が明治一五年に共有者の神坂忠右エ門外二名から大栗木台三番の内小石田沢分として分割買受け、字大栗ノ木台三番の内一山林五反歩として地券の下付を受け、以来清五郎及び竹五郎が本件山林を経営して来たものである旨説明し、その証拠として「永代売渡ノ証」(<証拠省略>)「証」(<証拠省略>)、「山林分裂売買地券御書換願」(<証拠省略>)、「地処分裂売買絵図面書上」(<証拠省略>)、「地券」(<証拠省略>)、「字大栗木台三番山林実地図面」(<証拠省略>)を示したが、磯辺は本件山林は改租図に載つていないとして取合わず、無学無知な竹五郎に対しあくまでも国有地であると強弁をもつて言いくるめ、あるいは叱咤、威圧したのであり、このため竹五郎は震えあがり、本件山林は私有地として認められないものと誤信して同意したものであるから、右同意は無効というべく、かかる無効な同意にもとづく本件境界査定処分はその手続に重大かつ明白な瑕疵がある。

ロ 内容の瑕疵

字芋ノ沢官林と民有地との区分は、明治一四年に行われた官林立界調査によつてすでに確定していたもので、一番標木は小石田沢の上流である別紙図面表示の<省略>点にあつた。そして、右図面表示の<省略>点に至る境界は明治二九年の境界査定によつて明確となつていたものであるから、本件境界査定処分は民有地であることの明らかな本件山林を国有地としたものであつて、その内容に重大かつ明白な瑕疵がある。

2  (抗弁第2項に対し)

被告は再抗弁第1項イ記載のように磯辺が竹五郎を威圧したことにもとづいて本件山林の占有を開始し、営林警察権の強制によつてその占有を維持して来たのであるから、このような占有は民法の予定する平穏公然の占有にあたらない。

3  (抗弁第2項に対し)

憲法は、二九条一項において財産権はこれを侵してはならないとし、一三条において幸福追求に対する国民の権利は立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とするとしている。これらの憲法の精神、基本理念に照すならば、国が重大な過失によつて私人の山林を国有林に編入して所有権を侵奪し私人に大きな損害を与えた場合において、後日その誤りが明らかとなつたから、直ちにこれを被害者に返還すべく、なお損害があればこれを補償するのが国として当然とるべき正しい態度であるのに、取得時効に籍口して返還を肯じないこと自体明瞭な権利の濫用であり、公序良俗に反する行為といわなければならない。そして、その他権利の濫用となる具体的事実をあげれば次のとおりである。

イ 本件山林は清五郎が明治一五年に買受けて以来昭和八年まで同人方の重要な財産として、これに杉を植え付け、雑木は薪とし、また製炭してこれを売却したり自家用としたりして、主として本件山林に依存して生計を立てて来たものであつて、本件境界査定処分によつてこれを失つたため、その後原告方は非常な困苦に陥つた。

ロ 磯辺の犯した過ちは長根すなわち稜線の位置を図面で見誤るという山林専門家としては許されない初歩的な誤りで、むしろ故意に収奪した感があり、もしそれが故意によるものでなかつたとすれば、その誤りが発見された時は直ちにこれを改めるのが至当というべきである。係争地の西南に隣接する字大栗木台三番ノ七山林についての原告鷹谷吉三郎と被吉秋田営林局長との間の境界査定に関する行政裁判(昭和一四年二月二〇日宣告)において、本件山林の査定と同時に行われた右鷹谷所有地に関する査定が誤りで明治二九年測量線が正しいとされており、右判決やその検証調書に徴しても、別紙図面表示の<省略>の各点を順次直線で結んだ線上に存する峰を栗拾長根としているのは、それ自体は誤りであるが、一番標木の位置が原告主張の右図面表示の<省略>点の方向にあることを裏付けるものである。また、右行政裁判の検証の際、原告鷹谷は本件山林内の杉植林を指してこれは竹五郎が自己の所有地として為したものであるが、それが不当に官林に編入されたものである、ゆえにこの長根<省略>の東側は本来民有地であると主張していたものである。したがつて、秋田営林局は右行政裁判所の判決の出た時点において心を虚しうして本件境界査定処分を再検討すべきであつた。

ハ この収奪した山林は被告にとつて必要不可欠のものでもなく、その利用も<証拠省略>事業図5小班ほの部分一・〇八ヘクタールに過ぎず、この場所も原告方で以前から杉の植付をしていたところで<省略>、それを昭和九年取り上げられたのでその後被告から貸与を認められて来たが、伐期に達して昭和二六年中伐採して返地し、本荘営林署が昭和二七年中杉の植栽をしたが生育良好な状態ではない。本件山林は道路とか公園とかその他公共の用に供されているものではなく単なる営林財産に過ぎず、しかもその経営の状況もさして高度のものではないから、これを本来の所有者である原告に返還することは被告にとつて何等困難な事情があるとは考えられず、植林については官行造林地とすること等の方法で解決のつく問題である。

ニ 原告方は本件山林を被告に没収された後もけつして権利の上に眠つていたわけではなく、鷹谷が行政訴訟を提起した頃も訴訟を提起しようとして秋田市の菊地徳左衛門弁護士に相談したり費用をかけたりしたが、営林署の担当区主任らから同意書に押印した以上見込がないだろうと言われて諦めたり、また鷹谷が行政訴訟で勝訴となつた後昭和一六年頃同人から自分に一任してくれたら行政訴訟で取り戻してやると言われ、書類一切を渡したが、その後間もなく同人が病にたおれたためそのままとなり、その後は原告方の貧困と戦争のためそのままとなつて来たが、原告は失地を回復しようとして秋田営林局や農林省に対し、自ら直接あるいは政治家に頼んだりして縁故払下げを陳情して来たが、その効がなかつたものである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁第1項は否認する。

本件境界線査定処分は、旧国有財産法及び同法施行令(大正一一年勅令第一五号)にもとづき、竹五郎の立会のもとに行なわれ、境界の基準となる栗拾長根及び一番標木の位置を特定するにあたり竹五郎及び同行の古老二、三名に任意指示させてこれを改租図、原由取調帳、官林立界調査図立標書を照合して決定したものであり、また磯辺は竹五郎に対し境界査定に異議ある場合は訴願あるいは出訴も可能である旨伝え、竹五郎もこれを十分承知していたのであるから、本件境界査定処分に不服があつたとすれば竹五郎からすでに訴願または行政訴訟の提起があつた筈であるのに、これらのないことから判断しても本件境界査定処分は竹五郎の意思を十分反映して行なわれたもので適法である。

また、一番標木から二番標木にかけて存在する栗拾長根は別紙図面表示の<省略>の各点を順次直線で結んだ線上に存在する長根を指し、一番標木は右図面表示の<省略>点にあつたものである。

2  同第2項は否認する。

平穏な占有とは暴行強迫などの違法強暴の行為を用いていない占有をいうのである。

3  同第3項は否認する。

第三証拠<省略>

理由

一  (取得時効の適用について)

被告が本件境界査定処分の確定した日の翌日である昭和一〇年二月二七日以来、本件山林の境界に石標を建設してその範囲を明確にするとともに、本件山林を芋ノ沢国有林の一部として管理経営し、二〇年後の昭和三〇年二月二七日までこれを占有したことは当事者間に争いがない。右事実によれば、被告は本件山林を旧国有財産法二条三号の営林財産、国有財産法三条二項四号の企業用財産として管理して来たことが認められる。

ところで、旧国有財産法及び国有財産法はいずれも国有財産の管理について定めているが、旧国有財産法は国有財産を雑種財産を除いた営林財産等の国有財産と雑種財産とに分け(二条)、国有財産法は国有財産を企業用財産等の行政財産と普通財産とに分け(三条)、いずれも雑種財産を除く国有財産及び行政財産については原則として譲渡及び私権の設定を禁止し、その用途または目的を妨げない限度においてその使用を許すことができる(旧国有財産法四条、国有財産法一八条)としているのに対し、雑種財産及び普通財産については一定の場合にではあるが譲渡及び私権の設定ができる(旧国有財産法五条ないし九条、一五条ないし二〇条、国有財産法二〇条ないし三一条)としている点に差異が認められる。しかし、右旧国有財産法四条及び国有財産法一八条の各規定は、これらの国有公物についての国の私所有権を否定する趣旨ではないと考えられる。国有財産の管理の関係は、雑種財産及び普通財産においてはもちろん、たとえ公物であつても、国が公権力の主体として人民に命令強制する関係と異り、その性質において私人が財産を管理する関係と本質的な差異はないから、原則として私法の類推適用があるものであり、ただ国有財産にあつてはその管理の如何が公共の福祉と密接な関係を有し、あるいはその公正が要求されるのでこの点から特別な取扱いが認められるにとどまるものである。したがつて、旧国有財産法四条及び国有財産法一八条の各規定は、一般に国有公物は国の私所有権の対象となることを前提として、公物の目的を妨げる限度においてその処分等を制限しているものと解すべきである。そして、国有林野について規定している旧国有林野法(明治三二年法律第八五号)及び国有林野法(昭和二六年法律第二四六号)の各規定はいずれも右の趣旨を明らかにしているのであつて、右の趣旨に反する規定は見当らない。

また、時効制度について検討するに、時効制度は真実の法律関係の如何を問わず、永続した事実状態を尊重しこれを保護することによつて法律生活の安定を図ることをその趣旨とするものであるから、私法関係のみならず公法関係においても妥当するものである。国を当事者とする公法上の金銭債権に関してではあるが、他の法律に別段の定めがない限り、原則として五年間これを行なわないときは時効により消滅する(旧会計法-大正一〇年法律第四二号-三二条、会計法-昭和二二年法律第三五号-三〇条)とされ、時効の中断停止等について適用すべき他の法律の規定がないときは民法の規定を準用する(旧会計法三三条、会計法三一条二項)とされていることは右の趣旨を明らかにしているものと解される。したがつて、民法の規定する時効制度は公物の管理関係においてはよりいつそうその類推適用が認められるべきである。なるほど、公物の時効取得が認められるか否かについては議論の分れるところではあるが、これは公物に時効取得を認めることは公の目的に供せられている公物本来の目的を害することになるのではないかといつた観点からのものであつて、公物の管理関係には私法の類推適用が認められないことにもとづくものではなく、公物に時効取得を認めずに国が誤つて公物に編入した私人の所有物について国の時効取得を認めたとしても、右は公物本来の目的から来る特殊性にもとづくものであるから、何ら均衡を失するものではない。また、時効の援用によりその利益を受けた者は真実の権利者に対しその取得した物の価格等を返還する義務を負うことはないと解されているから、本件において被告に本件山林の時効取得が認められるならば、仮に原告が本件山林の所有者である場合には原告は何らの補償を受けることなく本件山林の所有権を失なうこととなるが、右は私人が本件山林を時効取得した場合と比較し何らの差異もないのであるから、憲法二九条及び一三条の規定とは何らの関係もないのである。

以上要するに、被告の本件山林の占有には民法上の取得時効及び占有に関する規定の類推適用があるというべきであるから、被告は本件山林を時効取得することが可能であり、被告の占有は所有の意思をもつて善意、平穏かつ公然に占有したものと推定される(民法一六二条、一八六条)。

二  (平穏公然について)

原告は、磯辺は本件境界査定処分に関して現地調査を行つた際、立会つた竹五郎に対しあくまでも国有地であると強弁をもつて言いくるめ、あるいは叱咤、威圧したのであるから、磯辺の右行為にもとづいて取得した被告の本件山林の占有は平穏公然の占有ではない旨主張する。

しかし、旧国有財産法によれば、国有財産の管理者たる行政庁は隣接地所有者の立会を求めてその境界を査定する権限を有し、境界を定めるにあたつて隣接地所有者との協議は必要とされていないのであるから(一〇条ないし一三条)、被告は行政処分たる本件境界査定処分にもとづいて本件山林の占有を取得したものというべきであり、磯辺の右行為は山林の占有の性格に何らの影響を及ぼすものではない。のみならず、<証拠省略>によれば、磯辺は本件境界査定処分に関する現地調査の際、官有地と民有地との境界は別紙図面表示の<省略>の各点を順次直線で結んだ線であり本件山林は官有地であると考え、これを右現地調査に立会つた竹五郎に伝えたところ、竹五郎から本件山林は古くから自己方で使用して来たもので自己の所有である旨の申立があつたこと、しかしその際竹五郎は本件山林が自己の所有であることを証明する何らの資料を示すこともなかつたこと、磯辺は官林調査図(<証拠省略>)、宮林立界帳(<証拠省略>)等を竹五郎に示して本件山林は国有林である旨説明し、あるいは興奮して竹五郎を叱責したこと、そのため竹五郎は震えて何も言えなくなつてしまつたことが認められる。しかし、右事実によれば、磯辺は右書類を示して本件山林は国有林である旨説明しているのに対し、竹五郎は何らの資料を示すこともなく本件山林が自己の所有である旨主張しているのであるから、磯辺はそのため竹五郎を叱責したと考える余地もあるのであつて、また、右事実では磯辺の竹五郎に対する叱責が強迫の程度にまで至つていたものと認めることは困難であり、磯辺が他に暴行等の違法強暴の行為を行つたことが認めるに足りる証拠はない。また、被告がその後本件境界査定処分の確定した日の翌日である昭和一〇年二月二七日頃まで、あるいは二〇年後の昭和三〇年二月二七日まで違法強暴の行為を用いて本件山林の占有を取得しこれを維持していたことを認めるに足りる証拠もない。そして、被告の本件山林の占有が営林警察権の裏付を伴なうものであつても、右占有が平穏公然の占有にあたらないということはできず、結局原告の主張は理由がない。

三  (権利の濫用について)

被告が私人と同様に取得時効を援用しうることは前判示のとおりであるから、被告の右時効の援用それ自体を権利の濫用あるいは公序良俗に反するものとして許されないものでないことはいうまでもないところであり、また期間二〇年の取得時効は被告が悪意であつても成立するものであるから、仮に原告の再抗弁第3項ロの事実が認められたとしてもこれを捉えて権利の濫用等に該当するとはいえない。

そこで、他の点について検討するに、<証拠省略>によれば、本件山林はかつて清五郎山と呼ばれており、原告方でこれに杉を造林して伐採し、本件山林内に生育する雑木で炭を焼いて自家用として消費したり、売却するなど自己所有の山林として使用収益し、主として本件山林に依存して生計を維持して来たこと、ところが、本件境界査定処分によつて本件山林が国有林に編入されたためその後は生活が苦しくなつたこと、原告方では右処分を不服としてその取消しを求める行政訴訟を提起しようと菊地弁護士にその手続を依頼したが経済的な理由からこれを断念したこと、原告の父権七は昭和一六年に本件山林のうち別紙図画表示のC、D地域(<省略>)を被告から借受けて杉の造林を行い、昭和二六年に右D地域(<省略>)に植付けた杉が伐期に達したのでこれを伐採して被告に返還し、C地域(<省略>)については引続いて借受け、同人が昭和三〇年に死亡したので、今度は原告が借受け昭和三九年にこれを被告に返還したこと、原告はこれに先立ち昭和三八年七月八日付で秋田営林局長、本荘営林署長に対し家畜の草地及び放牧地として本件山林及び5小班いろを縁故払下されたい旨の願を提出したことが認められ、また、<証拠省略>を総合すると、被告は昭和一〇年二月二七日から昭和三〇年二月二七日まで本件山林を国有林として管理して来たが(このことは前判示のとおり当事者間に争いがない。)、その樹木の種類、数量等についての調査はしているものの、前記D地域を除いては樹木の伐採、植林等は行なつていないこと、前記C、D地域を昭和一六年に権七に貸付けたこと、昭和二六年に同人から返還を受けたD地域については昭和二七年及び同二八年の両年度にわたり合計三、六〇〇本の杉を植付けたこと、そのためD地域には杉造林が生育しているが、その余の本件山林内は天然の杉、雑木が混在していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告は右D地域を除いては本件山林につき伐採造林等を行つていないのであり、他方本件山林はかつて原告方の主要な財産であり、原告は本件境界査定処分後もこれを回復しようと努力したが経済的事情からこれを果すことができなかつたものであるけれども、国有林の経営は杉の造林あるいは伐採に限られるものではなく、原告はなるほど右のように本件山林を回復する努力は行つているものの、それ以上の方法は講じておらず、また被告が原告の権利実現を妨げるような行為に出たことも認められないのであるから、右認定の事実から被告の取得時効の援用を信義則に違反し権利の濫用にあたるものとも、また公序良俗に違反するものとも認めることはできない。

そして、被告が本訴において右時効を援用していることは訴訟上明らかであるから、被告は昭和三〇年二月二七日の経過とともに本件山林を時効取得し、その反面として原告の父権七は本件山林の所有権を喪失したものというべきである。

四  よつて、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田平次郎 赤木明夫 丸山昌一)

別紙図面<省略>

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